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イエメン国旗 コーヒー産地:イエメン
Yemen Coffee
イエメン共和国
Republic of Yemen
南北両イエメンは
1990年5月に合併した。 新しい国旗は旧北イエメンの旗から星を外したもの。は独立への情熱を、は平和と希望を、は過去の圧政からの開放と独立を表わす。
ふるさとの なまりなくせし 友といて モカ珈琲は かくまでにがし
プレミアムコーヒー イエメン・モカマタリ・9 
申し訳ございません、終売しました
イエメンは西は紅海、南はアラビア海に面し、北はサウジアラビア、東はオマーンに接している
そもそも珈琲は、その起源伝説はエチオピアに求められるのが今では定説となっています。 けれども、その珈琲がアラビアの地に暮らすイスラム教徒の間で、その数々の効能のゆたかなることを認められ、飲み広められました。

17世紀初頭になると、アラブ人の手を経てモカの港からアムステルダムへ運ばれるようになりました。 その積出港の名を冠された魅惑の飲み物“モカコーヒー”が、商才豊かなアラブ商人の巧みなコマーシャル戦術によって、王侯貴族をはじめとするヨーロッパの人々に一躍評判となり、以後コーヒーは世に広がっていくこととなりました。

そのコーヒーの母なる土地、イエメン産のモカコーヒー=モカマタリは遠い中世の香りをそのままに、素朴ながらもその気品ある味わいはこだわり派のコーヒー党にも大いにご満足いただけることでしょう。
イエメン・モカマタリ・9 
申し訳ございません、終売しました


茶色のがモカ港の位置。紅海に面して、昔ここからコーヒーがヨーロッパに向けて積み出された。
イエメンの建築
17世紀にアラブ商人によって、オランダ・アムステルダムの港にもたらされた“コーヒー”、バッハの「コーヒー・カンタータ」には夥しい“コッフィコッフィ・・・”という言葉が繰り返されますが、それに象徴されるように、コーヒーはまたたくまにヨローッパの人々、それも最初は王侯貴族や富裕な庶民のなかに浸透し、いつしか珈琲はヨーロッパの人々にとって無くてはならない飲み物となりました。

そのコーヒー(珈琲)が日本に入ったときは、ようやく鎖国も終ろうとするころ、近世ヨーロッパの華やかな文化と先進的な人々と共にもたらされたのです。
それから数十年を経て、大正時代の“モボ・モガ(モダンボーイ、モダンガール)”の人たちとともに、その異国情緒たっぷりの“コーヒー(珈琲)”が庶民にも普及していったのです。
第2次大戦の敗戦後、ようやく焼け跡の記憶も薄れ始めた昭和30年代、
上記の寺山修司の短歌が世に出ました。
<ふるさとの なまりなくせし友といて モカコーヒーはかくまでにがし>


遠い東北の田舎町から東京という大都会に憧れてやってきた主人公(作者)。 
その憧れとは裏腹に都会での暮らしもまた、貧しく孤独でうら悲しいのでした。 

自分と同じようにして都会へ出てきた友人なのに、不器用な自分とは違い、
いつのまにかスマートに東京弁を操って都会暮らしを楽しんでいる友人と
新宿(多分・・・) の喫茶店で会い、かぐわしい「モカ珈琲」を前にして、話している作者。
彼は胸の中で呟きます。
『そんなに簡単に“故郷(ふるさと)”は捨てられるのか、
そんなに小器用に自分の血肉の言葉を忘れてしまうことが出来るのか。。。』  

故郷に愛するもの(また同時に憎むものでもある)を封じ込め、 捨てたつもりになっても、 
未だに故郷訛りがとれず、故郷を思い出さずには居れない作者の孤独と自嘲が
胸に刺さるようです。 
けれど又、そんな思いを強いてくる東京という大都会の抗しがたい魅力が
モカ珈琲」に象徴的に謳われていて、感嘆してしまいます。

そして、このときの『珈琲』は、ブラジルでもなく、コロンビアやキリマンジャロでもなく、
やはり、過去に素晴らしい文明が栄え、今はもう石と砂漠の地となった、
あのアラビアのモカ港から積み出された、
深い香りと味わいの「モカ珈琲」でなくてはならなかったと思います。
  
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