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ルワンダ国旗 ルワンダコーヒー
Rwanda Coffee
アフリカ大陸初の「カップ・オブ・エクセレンス」開催国
当店の取り扱い銘柄
オークションコーヒー

ルワンダ ブレメラ・ミグ

タンザニア・エステートモンデュールAA
 
国の概要

【 ルワンダ共和国の概要 】

ルワンダ共和国

◎ルワンダ共和国の位置

ルワンダ共和国はアフリカ大陸の内陸部にある国で、コーヒー豆の産地で有名なエチオピア連邦民主共和国、ケニア共和国、タンザニア連邦共和国と同様、アフリカ大陸東部に位置しており、北はウガンダ共和国、東はタンザニア連邦共和国、西はコンゴ民主共和国、南はブルンジ共和国に囲まれています。

◎千の丘の国

ルワンダは『千の丘の国』と呼ばれています。国内の平均標高は1600mほどもあり、起伏に富んだ地形となっているから、このように呼ばれているのでしょう。

国 名 ルワンダ共和国 Republic of Rwanda
首 都 キガリ
人 口 920万人
言 語 英語、ルワンダ語、フランス語 (キガリや観光地では英語が一般的)
宗 教 カトリック、プロテスタント、イスラム教ほか
産 業 コーヒー、紅茶、観光、地下資源
通 貨 ルワンダフラン (500Rwf=約100円) 首都や観光業ではUS$も流通している。
国土面積 26,338平方キロメートル (四国の約1.5倍)そのうち、1,390平方キロメートルは湖。 
地 理 国土のほとんどが丘陵地の内陸国で、7つの湖と5つの火山、ナイルの水源となる川を有し、南西部の山岳性熱帯雨林の原生林から東部の熱帯サバンナまで多様な地形と植生を持つ。
標 高 海抜 1000~4500m の間
最高点=カリシンビ火山 (4,507)/最低点=ルジジ平野 (950m)
気 候 気温は15~30℃ 平均気温は24.6~27.6℃ (季節・地方により異なる)
東部のサバンナ地帯は1年中温暖な気候だが、北部のヴィルンガ火山群では朝夕10℃以下になることもあり、南部のニュングウェの森では霜が降りることもある。
季 節 雨期=3~5月、10~11月/乾期=12~2月、6~8月
年間降雨量 約2000mm (月平均150~200mm)
植 生 北西部の赤道地帯の原生林から東部の熱帯サバンナまで様々
国旗と国章について
ルワンダ国旗

【 ルワンダ国旗 】

水色 = 幸福と平和
黄色 = 経済の発展
緑色 = 繁栄の希望
輝く太陽 = 啓蒙

   
ルワンダ国章

【 ルワンダ国章 】

勤労による発展を象徴する緑の縄の輪の中に、ルワンダ国を象徴するモチーフが描かれています。それぞれ、《太陽》は透明性と啓蒙を、《アワの穂》と《コーヒーの木》は豊かな農業生産を、《バスケット》は助け合い・結束・分かち合いのルワンダの文化を、《青い車輪》は科学・工業・産業の発展を、左右の盾は愛国心と国家主権の防衛を象徴しています。
黄色の帯に黒で記されている文字は、円の中が《REPUBULIKA Y'U WANDA》 (ルワンダ共和国)、縄の結び目の下が、モットーである《UBUMWE, UMURIMO, GUKUNDA IGIHUGU》 (団結、労働、愛国心)です。

 

ルワンダ共和国の文化

◎伝統芸能

ルワンダの人々にとって、音楽とダンスは人々の心を一つにする重要な役割を果たしています。「丘の数だけダンスグループがある」と言われており、全国に1000を超えるダンスグループがあります。バラエティに富んだダンスは、どれも美と勇気、深い意味合いを美しい旋律で表現した叙事詩的なもので、結婚式やお祝い事、公式のセレモニーなど、様々な場面に登場します。中でも、祝福のダンスには「ドラム・オーケストラ」がつきもので、複雑なリズムが絡み合って熱狂と興奮のるつぼとなります。

◎伝統工芸

ルワンダの農村地方では、伝統的な技法を用いた陶器、バスケット、マットやスクリーンなどのインテリア工芸、絵画などが作られています。いずれも、昔からその地域で採れる自然の材料を原料とし、手から手へと知識と技術が受け継がれています。

 

ルワンダ共和国の歴史

◎王国時代

元々農業国で民族意識が希薄だったルワンダは、19世紀になってから王に仕える支配階級が「トゥチ」それ以外が「フトゥ」という職業階級が顕著に現れ出しました。王の地位は絶対で極めて中央集権的な王国でした。ただ、トゥチとフトゥの境界線は絶対的なものではなく、裕福なフトゥの農民が政治力を持ちトゥチになったり、貧乏なトゥチがフトゥの農民と結婚することもあったようです。

◎植民地時代

19世紀末にドイツの植民地となったルワンダは、20世紀に入りベルギーの植民地となりました。そして宗主国ベルギーによって、牛の所有数や外見で「民族」が決定されました。少数派で貴族階級であるトゥチを優遇し、自国の利益のためにトゥチ、フトゥの「民族」を対立させました。

◎独立

宗主国ベルギーは、国内で独立の機運が高まってくると今度は、それまで優遇してきた貴族階級のトゥチから多数派のフトゥへと同盟を移行しました。これにより流血や何千人もの人々の国外強制退去という結果を招き、混沌とした社会環境の中、1962年ベルギーはフトゥ政権によるルワンダの独立を承認しました。

◎ジェノサイド

独立後のフトゥ政権は一党独裁体制を制度化し、統治手段として組織的にトゥチの排除を行ないました。これは30年以上にわたって何十万人ものルワンダ難民を生み出すこととなりました。1990年には国外追放となっていたトゥチがルワンダ愛国戦線 (RPF)を組織しルワンダ内戦へと突入。一時は和平協定が結ばれたのですが、1994年にハビャリマナ大統領の飛行機墜落事故による死亡を発端に数十万人の命が失われた「ルワンダ大虐殺」が発生。国連の介入もあり、1994年6月にRPFが勝利し虐殺は集結した。

◎現在

ルワンダ愛国戦線(RPF)が国家を統一すべく暫定政府を設立しました。2003年にはルワンダは国民投票によって新憲法を採択。複数党候補者による大統領と立法府の選挙が行なわれ、ポール・カガメ新政権が誕生しました。現在も依然としてDRCに元陸軍と市民兵が残留しているため不安定な要素が残ってはいますが、ルワンダではこれまで10年以上、平和と着実な再建と開発が続いています。

 
ルワンダ共和国公式ホームページより>
  
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